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日本の南東約2500km、グアムは日本から一番近いアメリカ。都会的なセンスと南の島の素朴さと伝統、そして完璧なまでのリゾートが入り混じる、南国の楽園です。小さい島ながら、米軍基地が広がる北部、熱帯雨林におおわれた南部、高級ショップの集まる中部と、魅力に満ちたさまざまな表情を見せてくれます。 |
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グアムが世界に知られるようになったのは、1521年3月6日に世界一周の航海の途にあったマゼランがグアム島を発見し、ウマタックに上陸したことがきっかけです。1565年にはスペインが統治を宣言し、それ以降333年におよぶスペインの影響は、現在もチャモロの風俗・習慣・宗教・生活などに根強く残っています。1668年にはサン・ビトレス神父を中心にしたイエズス会の修道僧が初めて布教に訪れ、カトリック教やヨーロッパ文化が広められました。現在も、住民の約75%がカトリック教徒で、島内の各村には教会があり、住民の生活の基盤になっています。 スペイン統治が始まってから333年がたった1898年、アメリカとスペインの戦争中に、グアムはアメリカの領土となり、1941年に日本軍が占領するまで続きました。12月10日から始まった日本軍による占領は、1944年にアメリカ軍が奪還に成功するまでの2年7ヶ月という短い期間でしたが、その間グアムは大宮島と呼ばれます。アメリカ軍は1944年7月21日にグアムを奪還した後、1950年にアメリカの自治属領(準州)とし、現在に至ります。なお、グアムはアメリカの軍事上重要な位置にあり、島の約5分の1を米軍関係の施設が占めています。 グアムの気候はいつでも真夏のため、一年中カラフルな花やフルーツであふれています。自然観察に最適の植物園も数多く、島のほぼ中央には6万坪の広大なハマモトトロピカルフルーツワールドがあり、現地校の自然学習の場としても利用されています。グアムの島花はブーゲンビリアで、島のいたるところで見ることができます。 生息する動物はあまり多くなく、主にイノシシ、シカ、水牛、イグアナなど。小動物ではヤモリが多く、グアムでは“ゲッコー”の呼び名で親しまれており、キャラクター商品としても人気があります。また、ココバードと呼ばれる鳥は果実を主食とするハト。緑がかった羽毛をした、グアムで最も美しい鳥の一つで、島の鳥とされています。 さて、やはりグアムといえばエメラルド・グリーンの美しい海。グアムは世界最深のマリアナ海溝南端から190kmほどの位置にあり、深い海を巡る環流がいつも新鮮な海水を供給しているため、年間を通じて透明度が安定しています。また、火山島とサンゴ礁の海という両者の特徴を兼ね備えた海中景観は変化に富み、魚の種類が多いことも特筆すべきところ。グアム大学の調査によると、現在100科800種を超える魚類がグアムの海で生息していることが確認されています。水中マスクをつけただけのスキンダイビングはもちろん、人気のドルフィンウォッチングやバナナボートなどで、すばらしい海の世界を体験してください。 ![]() |
グアムの先住民はチャモロ人と呼ばれる人々です(チャモロとは“高貴”という意味)。その歴史は謎に包まれ、紀元前2000年〜3000年にフィリピン、インドネシアを経由して渡来した、東南アジア系の人種と考えられています。現在もこのチャモロ人が、人口約16万人のグアム住民の40%を占め、次いでフィリピン人24%、アメリカ人が15%、その他21%となっています。 グアムには、このチャモロの長大な歴史と文化を体験できる施設やツアーが多数あり、世界各国の旅行者の人気を集めています。 チャモロ語は、英語と並ぶグアムの公用語で、空港ターミナルなどでも英語と並列して使用されています。 現在のチャモロ語は、数世紀に及ぶ植民地支配下にあったスペイン語を母体とし、フィリピンのタガログ語と古代チャモロ語がミックスされたものです。文法上のルールでは、太平洋中南部の言語であるオーストロネシア語系のもので、取り入れられたスペイン語は、チャモロ語の発音に合うように変化してきています。しかし、公用語とはいえ、チャモロ語が日常生活で使用される頻度は少ないようです。 ちなみに、「こんにちは」はハファダイ Hafa Adai、「ありがとう」はスーズスマアセ Si Yuos Maase、「さようなら」はアディオス Adios。 グアムには、日本と同じように数多くの神話や伝説があります。名所や旧跡にまつわるストーリーやチャモロ人の起源や教訓となる話など、様々ある中の1話をご紹介しましょう。 「The Legend of Two Lovers' Point」(恋人岬の伝説) 昔々、グアムに美しい乙女が住んでいました。彼女の慎ましさと美しさは周りの誰をも魅了し、高慢で横柄なスペインの総督も目をつけることとなりました。そんなある日、総督が乙女の家へやって来て、彼女との婚姻の約束をとりつけるため、彼女の父親に頼み込みました。父親は、総督の申し入れを受けてしまいました。しかし、彼女には愛するチャモロ人の若者がいたのです。父親と総督の約束により、乙女は傷心の日々を送っていました。彼女に恋人がいることを知った父親は激怒し、彼女がスペインの総督と結婚すると皆に発表し、結婚式の日取りも決めてしまいました。 結婚式の当日、乙女は恋人に会うために、家をそっと抜け出しました。彼女がいなくなったことを知った父親は、総督に彼女がチャモロ人の若者によって連れ去られたと申し立て、スペイン兵を引き連れ二人を探し始めました。そして、ついに二人をタモン湾を望む高い断崖まで追い詰め、もはや逃れられないことを知った二人は、絶壁のぎりぎりに立って、お互いの長髪を結び合いました。二人は、最期の瞬間を確かめあうようにお互いの目と目で視線を交わし、最後のくちづけを交わすと、髪を結び合わせたまま、絶壁のはるか下に荒れ狂う海面めがけて身を投げたのでした。 それ以来、この絶壁は“プンタン ドス アマンテス”(恋人岬)として知られるようになりました。 |
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